大学ぼっちでもソロ充がしたい

大学ぼっちは選択科目の一つだと思います。自身の大学ぼっち生活で得た経験をもとに、大学ぼっち流の”処世術”をお伝えしていきます。

【今更?】習い事が続かなかった小学生の頃を悔やむぼっち大学生

小学生の頃の習い事

皆さんは小学生の頃(もしくはそれ以前から)何か習い事をされていましたか?私は小学4年の頃まで書道をしており、4年の秋からは学習塾に通い始めました。実はそれ以外にも、親としてはピアノや英会話教室などの習い事を私にさせたかったようですが、当時は極度の面倒くさがりだった私はそれらを固辞し、やむなく書道だけは折れて始めた、といった具合です。

 

私は小学校に入学した時から字の書き方に癖があり、また書くスピードがかなり遅く、それらを矯正する目的で習字教室に通い始めた節があります。ただ、実際に教室に通い始めると、学習の大方の時間は「硬筆」ではなく「毛筆」に割かれ、私は慣れない書道用具を不器用に扱いながら筆を走らせて(歩かせて)いました。

 

習字教室には同級生もいた

当時通っていた習字教室には学校のクラスメイトもいました。それまで学校ではさほど話したことのない子でしたが、私が教室に通い始めたのを機に学校でも度々話すようになりました。偶然学校の席替えで隣同士になったときも、よく話をして(授業中に)先生に注意されてしまうこともありました。(すいませんでした)

 

私は小学校に入る前に引っ越してきたため、それ以前に幼稚園や保育園で仲のよかった子が学校にはいませんでした。そのため、習字教室で出会ったその子がいわば学外で最初に親交のできた同級生でした。その子は私が通い始めるずっと前から書道を習っていたので、私とは比べ物にならないくらい字が上手かったです。その子に追いつきたいという思いが当時の私にも少なからずあったため、しばらくは真面目に教室に通っていました。

 

しかし長続きしなかった…

練習を重ねるうちに、徐々にまともな字が書けるようになってきた私ですが、当時の私にはよくない”癖”がありました。それは「他人と自分の作品を比べてしまう」ということでした。先ほど申し上げた通り私の字は少なからず癖があり、毛筆に関しても矯正しつつあったとはいえまだ名残が残っていました。それを異様に気にかけていた当時の私は、自分の字が他人のものとどこか違うように見えて、「カッコ悪いな…」というように悪く捉えていました。

 

一度だけ月刊誌に私の作品が掲載されたこともあるのですが、幼心に当時の私は「忖度が働いたのではないか」というような気持ちになっていました。勝手に申し訳なさを感じていた当時の私は、意欲喪失も相まって結局書道教室を辞めてしまいました。両親と教室の先生にも「もう少し続けてみないか」と相談されましたが、私はそれを断ってしまいました。

 

そもそも、なぜこのタイミングでこの話なのか

先日も申し上げた通り、私は学祭期間を利用して実家に帰省したのですが、そのときに自室の書棚を整理していたところ、かつての書道の月刊誌を見つけたのです。久々に当時の自分の作品を見て、確かに癖はありましたが小学生の頃の私が思い悩むような程のものではなかったように今となっては思えました。せっかく上達してきたのに、かつ仲良くなった同級生もいたのに、自分の勝手な思い悩みで書道を諦めてしまったことに今更ですが後悔している自分がいたのです。

 

もう少し書道を続けていれば、ただでさえ取り柄の少ない私にも「特技」といえるようなものごとが増えたのではないかな、と今になって小学生の頃の過去を悔やむぼっち大学生の自分語りはこれで以上になります。