大学ぼっちでもソロ充がしたい

大学ぼっちは選択科目の一つだと思います。自身の大学ぼっち生活で得た経験をもとに、大学ぼっち流の”処世術”をお伝えしていきます。

【どうするべき?】「よっ友」に対する接し方

「よっ友」とは?

大学入学時に「友達を作ろう!」と意気込んで、新歓イベントなどで積極的に声を掛け、その中で仲良くなった人のうちで、その後さほど関係性が深まることなく、とりあえずこの人の名前と顔は覚えていて話したこともある、みたいな関係性を世間の大学生は「よっ友」と呼ぶようです。

 

大学は中学高校と比べて明らかに生徒数が多いので、これは大学特有の現象と言ってしまってもそう問題はないでしょう。

 

見ず知らずの真新しい環境の中で積極的に他人に声を掛けていく姿勢は素晴らしいと思います、が、「よっ友」はそういった過程の中で生まれる少々厄介な関係性です。声をかけた全員とその後、中学高校の頃の友達同様に親密な関係性を保つことができる極々一部のコミュ力お化け様はその範疇ではないでしょうが、それ以外の学生はこの「よっ友」どのちの学生生活の中でどう接するか、頭を悩ますでしょう。

 

実は私にも

現在ではぼっちを張っている私にも、大学入学当初はほんの数名ではありますが「よっ友」と呼ぶべき関係の学生がいました。

 

では私が彼らとどのように接していたか、それは単純で、「向こうから声を掛けられなければ自分からは声を掛けない」というものでした。

 

私が声を掛けようか迷っている相手は、私の中ではその人は「よっ友」です。同様に、相手もまた自分に声を掛けようか掛けまいか迷っていそうならば、その人から見ても私は「よっ友」になるのです。

 

リセットもありなんじゃない?

これは私自身の見解ですが、わざわざ声を掛けるだけの関係性なら、私はそれを破棄していいのではないかと思います。特に、自分もしくは相手が別のコミュニティと一緒にいる中で「よっ友」に出くわしたときなどは、声を掛けるべきか気を遣うと思います。その状況下で声を掛けられなければ、「彼はあっちのコミュニティで充実してそうだから私がわざわざ気を遣う必要はないな」といった具合で、気が楽になると思います。

 

反対に、向こうから声を掛けてくれたのであれば、私はなるべくそれに対しては返すようにしていました。薄っぺらな関係性とはいえ、相手の好意をないがしろにしてしまうのは気が引けたので、ひとまず仮初の会話だけはするよう心がけていました。

 

以上はあくまで私の考えなので、これが万人に当てはまることはまずないでしょう。しかし、皆さんが想像しているよりは、他の学生も「よっ友」に煩わされているように思えます。「薄っぺらな関係ならいっそのこと切ってしまいたい!」と思っている人も多いのではないでしょうか。そんなときは、お互いのためにもよっ友からの「リセット」をするのもアリかもしれませんね。